ある日、健診でがんが見つかった一人の患者さんがいました。
手術はできない状態で、大学病院で抗がん剤治療を開始することになりました。
1回目の治療は、なんとか無事に乗り切りました。副作用に苦しみながらも、ご本人もご家族も「頑張ろう」という思いで乗り越えました。
しかし、2回目の抗がん剤を受けた後、状況は一変しました。
急激に肝臓の数値が悪化し、あっという間に全身状態が崩れていきました。
治療前の時点では、それほど深刻な肝障害は指摘されていませんでした。それでも、長年の飲酒習慣や複数の薬の服用が、見えないところで肝臓に負担をかけ続けていたのだと思います。
そして、抗がん剤という強い負荷が最後の一押しになってしまいました。
私は、この方に対してほとんど何もできないまま、お見送りすることになりました。悔しさが残りました。
「最初にがんと診断されたとき、これまでの生活習慣の影響をもっと考慮して、違う選択肢を提案できなかったのか?」と、何度も考えました。
がんと診断されたとき、多くの人は「どう治すか」ばかりに目を向けがちです。
でも、それまでどんな生活をしてきたか――肝臓や腎臓がどれだけの負担に耐えてきたのかを見極めることも、治療の選択肢を考える上で、とても大切なことなのだと痛感した出来事でした。
肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、ある程度のダメージを受けても自覚症状が出にくい臓器です。
そのため、健康診断の数値が正常範囲内であっても、長年の飲酒や複数の薬剤の服用による影響が蓄積していることは珍しくありません。
抗がん剤は、肝臓で代謝されるものが多く、もともと負担がかかっている肝臓にさらにストレスを与えることになります。
特に、肝臓の解毒機能や代謝機能が低下していると、抗がん剤の排出がうまくいかず、薬剤の蓄積が進んでしまう可能性があります。その結果、急激な肝機能障害を引き起こすことも考えられます。
また、腎機能が低下している場合も問題です。
腎臓が抗がん剤やその代謝産物を十分に排出できないと、血中濃度が上昇し、肝臓を含めた全身の臓器への負担が増します。
高齢者や、長年の生活習慣で腎機能が低下している人では、この影響がより顕著になります。
この経験を通じて、がん治療の選択肢を考える際に「その人の臓器がどれだけの負担に耐えられるか」をもっと慎重に見極める必要があると、あらためて感じます。